寂寥感が一点弱点☆グルダ、アバド指揮ウィーン・フィル/モーツァルト:ピアノ協奏曲 No.20&21

曲想を心を込めて描き出し、楽曲の魅力をダイレクトに聴き手に伝えていこうという自然体の姿勢そのもの

全世界のオーディオを聴ける環境があるところ、隅々に行き渡っているレコードだろう。モーツァルトの音楽は純粋に音だけの世界であって、言葉は不要なのだ。グルダの演奏するモーツァルトには、グルダその人はいない。感覚に訴えてくる演奏である。しかし、そうそう成功するものではなくて多くの演奏家が個性を露呈している。それがモーツァルトを楽しむ時の接し方ともいえる。
凡庸とも言われるほど、素晴らしい。相反しているようだけどモーツァルトは無心になってこそ、本当の顔を見せることはよく言われていること。

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Mozart : Piano Concrtos Nr.20 and 21 – Freidrich Gulda, Claudio Abbado / Wiener Philharmoniker – DEUTSCHE GRAMMOPHON 2530 548

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現代っ子向け☆コロ、ケーゲル/ワーグナー:パルシファル

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Wagner : Parsifal
René Kollo, Theo Adam, Ulric Cold, Gisela Schröter, Reid Bunger, Rundfunkchor Leipzig, Rundfunkchor Berlin, Thomanerchor Leipzig, Herbert Kegel / Rundfunk-Sinfonie-Orchester – Eterna 827 031-5

ケーゲルはわからない。

じぇじぇ、ワーグナーが聴かせたいのはここだろう、というところをサッサカサッサカ進めていく。それでも、スタイリッシュに音楽を奏でただけとは違って説得力がある。ワーグナーが工夫してわかりやすく説明しようとしたことを、現代的にあっさりと気持ちでわからせてしまった。この演奏にワーグナーが接していたら、アポーンだ。
数ある《パルシファル》の演奏の中でも説得力があって美しい、稀な演奏だ。

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